旧サイト:思ったこと考えたこと まとめ

旧サイトのコラム過去記事まとめです。

<どうもセッション中にやっているらしいこと> 2017.9.13. 昔から霊感みたいなのがあったわけではありませんが、親はそう言えばそういう体質でした。 親はそういうことをあまり口には出さなかったけれど。 その血を少し引いたのか、はたまた占いなんぞしているのでそういう体質になってきたのか、 どうも、セッションの後に、何らかの気配があったりするのに気付くようになってきました。 私にもはっきりはわからないのですが、見えない忘れ物があるようなのです。 それは置いていこう、とお客様は意図していないと思います。 置いていこうと思って見えない何かを置いていく事が出来るなら、相当な霊能者か術者か何かですからw 見えないものにとって居心地がいいから残っているのか、はたまたあの場所がそういうのを吸着しているのか。 まあ、お客様が心軽くなってお帰りになるのであれば、どれでも構いません。 セッションの時に目の前のお客様と星を読みお話を伺ってやり取りするという事と、見えない領域でやり取りするというのを同時にやっているようです。 なので、ご本人も気づいていない見えない領域のやり取りがある場合には、セッション後のズッシリ感が違います。 「スッキリしました!」と言われる時は、そういう事が多いかもしれないです。 お客様が来られる前と帰られた後は場を浄化しています。 場の雰囲気を感じやすいお客様は、「ここに来たら癒されて眠くなる~」と言ってくださるので、その都度クリアに出来てますのでご安心を^^ こういう事をどうも自動的にやっているようなので、今後あまりにも身体に負荷がかかる様であれば、色々と対策を講じなければいけないなあと思っています。 ・・・ん?怪しいですか? 私もそう思うんですよ。でも、やっぱり、見えない世界ってあるとしか言いようがないです。

<自分のお守りをいつか自分で作ってみる> 2017.8.23. 色々なお守りや護符、身を守るためのものって古代からありました。 そういうのって、こういう図形はこういう意味がある、と長年使われていく中でもう決まりがキッチリできていて、他の意味を入れることはできないししない方がいいと思われます。 そして最近思うのが、自分のマークや印って、護符になるのでは、という事です。 お店のロゴなんかもこれに当たると思いますが、もっと個人的なもの。 プリンスなんかはあのO+>マークがマイシンボルだったのだと思います。 今ではあれを見たら彼だと誰もが認識し、それは彼の音楽も表している。 そういう自分だけの印、みたいなものって、実は皆一つずつ持っているのではないかな、と夢想します。 魂に刻印されている、自分だけのシジル。 別に誰かに見せる必要はなくて、もしヘンテコな形だったとしても、自分がそれを見たらとても嬉しくなったり勇気が出たりするものが、きっとどこかに潜んでいるのではと思うのです。 いつかそういうシジルを思い出して、自分のお守りを作ってみよう、とそれを楽しみにしていたりします。

<自分の言葉にならないものは自分のものになっていない> 2017.7.5. ああもうこんな時間になってしまった。 今さっき日付が変わりました。 自分の占星術への適性について、いつも考えます。 たぶん、あんまりない方だよなー、っていつも思う。 こういう事を書くと仕事的にはどうだよ、って話なんでしょうけど、私はカリスマ性とか関係ない人なので一占星術学徒として平気で書きますw 私は器用ではないので、理解するのにとても時間が掛かります。 教科書にこう書いてあるから。本にこう書いてあるから。 それを右から左にっていうのができない。 例えば、アスペクトの解釈一つ、天体の象意一つにしても、どうしてそうなるのか、そう解釈するのか、が自分なりに納得できないと先に進めません。 水瓶座過剰に火星牡牛座がくるからもうね。 咀嚼して咀嚼して、肌感覚まで落とさないと動けない。 わからないとずーーーーっとその場をグルグル回ってる。 遅いよ!!って話です。 もうどれだけ時間が掛かってるのかよくわからない。 これはこういうもんだからねー、って器用にやってみたい。 で、さっさとマイナーアスペクトなんかも解釈して小惑星も入れ込んでみたりしてみたい。 ですが、わからないものをわかってる風にやるのってものすごーーーーくダサいと思っているので、できない。 (なので、知らない事は知らないってすぐ言いますw) わかる、というのにはいくつか段階があると思っています。 知っている→意味が分かっている→理解している この、理解している、というのは知識が血肉になっている状態で、実際に自分の中にそれがあり感覚となっていて扱える、という感じで考えています。 そうならないと、少なくとも実際に人のチャートをみる場合は読み間違える危険が高まるからです。 私は実際に対面して、あるいはSkypeなどの直接の会話で、ご相談を受け星を使います。 なので「自分の中にしっかりあり扱える」ようになっていない技法や知識は使いません。 だからアスペクトの意味一つ理解するにも時間が掛かっちゃうんですよね。 ちなみに今日はある角度に関してずーーーーっと考えてました。 意味はあるんですが、それは自分の感覚でいったらどれに当たるのか? どういう風な雰囲気や匂いがそのアスペクトなのか。 分度器でじーっと見たり線を引いたり引いたり足したり色々とやりながら考える。 自分の言葉にならないものは自分のものになっていない。 いやそれにしても時間掛かり過ぎですが。

<ハウスとサインの関係を把握すると読みやすくなる> 2017.6.29. Twitterの方で書こうかなと思ったのですが長くなりそうなのでこちらに。 天体とハウス、サインの関係って読む時ごっちゃになりやすいです。 天体さんがサインの服を着てハウスのシチュエーションにいる、と説明しているのですが、まだ分かりづらい。 そこで、まず、天体を外してみて考えてみたいと思います。 前提として、サインとハウスは別物だときちんと認識しておくこと。 似ているけど、寄せて考えた方が覚えやすいけど、やっぱり違います。 ハウスが表す場面や事象で、サインがどう振る舞いたいかを考えてみて下さい。 1室、アセンダントなら、「そのサインのように振る舞いたい・そういう姿でいたい」 そこに天体が入っていれば、例えば獅子座金星であればそのように振る舞いたいし、「獅子座」の「魅力」を出したい訳です。 2室なら、「そのサインの価値観でお金を量り、持てる才能を発揮したい」ので、 例えば水瓶座なら、自分だけの利益を追求する感じではなくて、皆のために利益になることが自分の利益、とか。 なので2室が過剰だったとしても、その才能を皆の利益のために使うかもしれません。 解らなくなった時は、そんな風にも考えていってみて下さい。 ハウスとサインは似ている所がある故に、このハウスにこのサインは落ち着かないな、と馴染みにくいな、とかあると思います。 例を挙げると、6室を健康管理や家事と考えた場合。 地・風のエレメントの女性星座ならしっくりくるけど、火や風の男性星座だったら、外注とか一気にとか機械化とか考えそうじゃないですか? 体調悪かったらとりあえず栄養ドリンク飲んでおくのと、日々の食事から体質を変える、みたいなのって対極です。 ハウスに天体が入っていない場合も多いですから、こうやって考えてみると、ハウスの示す事柄について自分がどう振る舞うのかがサインで見えてきます。 (そこから天体が入っていない場合はカスプの支配星の状態を見たりするのですが、ややこしくなるので今回は割愛します) 最初に天体とアスペクトから見たくなるものですが、ハウスとサインもこの場所でこんな風にやりたい、という事を示すので、解らなくなった時は一旦天体を外して見てみて下さい。 サインが「こうしたいんだよー!」と言っているのが見えてくると思います。 ハウスとサインの関係、ぜひぜひチェックをしてみて下さいね^^

<基本から逸れない> 2017.6.9. 今日は射手座の満月ですね。 月-土星が合で、月はサビアンではサバイバル度数なので、なかなか厳しい状況がやってくる方もいるかもしれませんが、太陽-木星がトラインですから、乗り越える気力や運もまた悪くはありません。あまり悲観せずに「できる事は自力でやってしまう」と自分に自信がつきますよ! さて、最近思っていること。占星術を最初に学ぶ時って混乱します。サイン、天体、ハウスの意味。ここからまず数が多い。 そしてアスペクトも使って読むとなったら、混乱の極みになります。 それで、ああかな、こうかな、といつの間にか独自解釈や、ネットで調べた情報を入れてしまいがちなのですが、これをやりすぎると路頭に迷います(^_^;) 初学者のうちは、教科書通りに一つずつ読み進めるのが良いと思います。 というのが、まずは「占星術的な象徴世界」になれるのが大切だからです。 全て占星術はサインや天体が何がしかの象徴として表わされます。普段使っている言葉とはだいぶ違う世界です、 新しい言葉を習う時に、挨拶などを飛び越えて、いきなりビジネスで使う言葉や俗語から学ぶ人はいないと思います。 それと同じです。 (だから、エンターテインメントとして行われている面白い占いの解釈と、実占で行われている解釈もより分けしながら自分の中の知識の箱に入れないといけない場合があります。占星術を学ぶにもネットリテラシーが必要な時代(^_^;)) そして、占星術には長い時を経て続いてきたという歴史があります。変遷はありますが、続いてきました。 ということは、長い時間を経ても変わらなかった基本的な意味、というのが必ずあります。 まずそこを踏まえておくと、解釈を拡げても大きくずれていきません。 時代の変化によって、少しずつ象徴の意味も変わっていくでしょう。でもそれは、基本的な意味から発展したものです。 星の解釈は、一人一人の人間が行っています。なのでその人間の偏りというか表現の癖が出ます。 占星術の本一つとっても、あの本にはこう書いてあるし、こっちの本にはこう書いてある。 初学者は読んでみればみるほど悩みます。私もそうでした。 だからこそ、表面の言葉に惑わされるのではなくて、その象徴自体の基本的な意味を身体に沁み込ませることが必要です。 基本的な意味を理解していれば、その言葉がどの意味から拡がってきたのかが理解できるようになります。 わからなくなってきたら、基本的な意味に戻る。 色を付けずに、シンプルに読んでみる。 どうしてもわからなくなった時は、詳しい人に聞く。 便利な時代になりましたが、今も昔も学ぶことの基本は変わらないような気がします。

<読みにくーいノーアスペクトについて> 2017.5.30. 星仲間クラスタの皆様、お元気ですか? ノーアスペクト、読みにくーいと思ったことはないでしょうか? 色々書いてあるんですよね。 その星の力が出過ぎる!とか、上手く使えないとか。 どう解釈したらいいか悩むことも少なくないと思います。 今から書くことは、私の実占上の感覚なので、あくまでご参考までに。 まず、ペリグリンとは別に考えてください。ペリグリン=ノーアスペクトと解釈している方もおられますが、 ペリグリンは古典の解釈に沿って厳密にやった方がいい気がしています。 (だってアスペクトがあってもペリグリンだったりするし) この場所で書いているノーアスペクトは「他の天体とメジャーアスペクトを取っていない、ぼっちの天体」 と考えてください。 ノーアスペクトの天体は、 「その天体を意識的にあるいは個人的に使う事に、躊躇を感じる」 「でも、仕事とかでは意識せずにガンガンに使っている」 感じがします。 だいたい、占星術の本に乗っている例は著名人で、ノーアスペクトの天体を仕事でバリバリ使っていたりします。 なので、「純粋にその天体の力を出せる」みたいに書いてあるんですが、 それは他の天体=自分の意識と繋がってないので、あまり意識しない部分で発揮しています。 いつの間にかやってしまっている感じ。 ですが、その天体を意識して使おうとすると、ギクシャクする。 例を挙げると、ノーアスペクトの金星は、アート系の仕事で才能を発揮しまくっているけれど、 恋愛になると、突然迷いが出てきたりして急に自信が無くなったり。 自分で使おうとすると、「これで、いいのかな」と不安になってくるのがノーアスペクトの特徴のように思います。 天体が一人だから、ガンガン行ってる時はいいけど、ハタ、と気づいて周りを見ちゃうと不安なんですね。 なので、そんな時は、ノーアスペクトの天体と入っているサインの特徴を思い出して、 「私のこの天体って元々こんなだよね」と確認して思い出す必要があります。 アスペクトが無いから、他から刺激されていないので、自分の天体の特徴をうっかり忘れがちなんです。 それを思い出して、使っていいんだと思い返しさえすれば、ノーアスペクトも自分で使っていけるようになります。 癖がつきにくい天体だと考えたら、可能性は大きいと思いませんか?

<基本的な運を底上げする方法> 2017.5.23. ここ読んでる人は少ないので(爆)、見つけた人はラッキーという事で、書いてみます。 運勢とか運気とか、流れて変動する運と、元々持っている運というのがある様に思います。 それで、元々ラッキーな人とか、ツイてる人とかいうのも、もちろんいます。 そういう星の元に生まれた、というやつです。 じゃあ、普通やイマイチの運の人はどうすればいいかと言うと、 運の底上げを小さなことからコツコツと積み上げるしかないです。 今から書くのは本当に簡単な事なので、やってみてくださいね。 それは 【譲ること】 です。 道でも順番でも、電車の席でも。 相手に譲ってみて下さい。 ただ単に善行を積む、という風に考えてもらってもいいですが、もうちょっと意味があります。 →「ちょっと待つ事」が出来る人にはゆとりができます。 →周りを見ることができるようになるので、焦らなくなります。 押しのけ追い越して我先に、というのは、自分の事しか考えてない状態です。 自己チューな人って、周りが見えてないので自分は幸せかもしれないけど、周りを不幸にしている。 そういう人って、その時には短期的に良くても、最終的には運を逃していると思いませんか? そんな事をしていたら、負けてしまうとか競争に勝てないとか損をすると思っていて、それが大切な方は、 これはしなくていいと思います。 そもそも、そういう人は口で何と言おうと、運とか見えないものが大切だとは思っていないはずだから。 人と争わなくなると、とても楽ですけどね。 でもこれは私の価値観なので、押し付けるつもりはありません。 運を上げて、心の焦りや落ち着かなさを楽にしたい方は試してみて下さい(*'▽')ノ

<2017年5月・蠍座の満月、追記> 2017.5.10. 今回の満月チャートを見ながら、追加で浮かんで来たことを書いておきます。 ブログの方にも、人間関係がより変化していくと書きましたが、7室土星なので、誰かに頼るのではなく、自分で考えて自分で決める、といった態度が重要なのではと思います。 今までは、何をするにも、寄らば大樹の陰ではないですが、集団の流れに沿っていればよかった。 誰かが、何となく考え方の方向性が同じ人が賛成するなら賛成して、反対するなら反対。 でも、考え方が似ていても全て同じではないはずです。 「自分は、どう思って、考えているのか」を一人になってもそれを主張できるのか。 ノードが獅子座―水瓶座に入り動いていく時期だからこそ、自分のありよう、について考えてみるといいと思います。 誰が何といおうとも、私の人生の王は私自身だ。 それを根幹に据えて、揺さぶられない自分の価値観を形作る。 それが、誰かに理解されなくても、自分が自分の事を理解して認めていればいい。 安易に流されない。 安易に周りに流されると、いいよね楽しいよねと言っている間に、ずいぶん流されてしまう。 流された後に「こんなはずではなかった」と思わないようにするには、水星-天王星-土星のコンビネーションを目いっぱい使うことです。 冷静に且つ、しっかりとこれからの未来を見据える。 今までの毎日がずっとこれから先も続くと簡単に思わないこと。 特に、40代、50代になってくると頭が固くなって、経験からしかものを見ないようになりがちです。 正直これを書いていても、じゃあ自分が意識を未来に向けて変えていけているか?と自問した時に、ほんと意識が20世紀の古いまんまだな、と思って我ながらゾッとします。 自分の考えは、パソコンでいえば古いOSのままでバージョンアップしていないかもしれない、と常に意識すること。 使いやすいOSが一番ですが、あまり古くなると、新しいソフトやアプリは動きません。 それは流行りを追いかける、とかいう事ではなくて、時代の変化にしっかり目を向けておくという事です。 時代の変化が現れている過渡期の今回の満月です。

<思い込みを排してチャートを見る> 2017.5.10. 占星術のチャートを見る時、どうしても主観が入りがちです。 自分から見たその人、をチャートに投影してしまう。 私も昔、誕生日が不明で、年齢と星座しかわからない人を、この日かな?あの日かな?と想像してチャートを眺めていましたが、一部しか知らない人を当てられるはずもなく、そういう事は逆に主観を強めてしまうので良くないな、と思い止めました。 (人を見て何座かな?外見の特徴からアセンダントは何座かな?と考えるのは、サインのイメージを鍛える事になるので有用だと思います。) 当てられる勘の良い方もおられると思うのですが、風のエレメントの強い私にはそういうやり方は合っていませんでした。 知っている人でもチャートを見てみると、こんなチャートなんだ、会っている時の印象や、聞いている様子と違う…と思うことがあると思います。 ですが、チャートはその人の中の心の風景でもあるので、それが外界に「全て」出ていると思う方が短絡的です。 自分の事を考えてみたらわかるはずです。 誰もが、表向きの顔と本音の顔を持っていますから。 なので、主観が入りすぎてしまうと、チャートを読み間違えます。 星の象意を、自分の主観に寄せてしまうので、基本を飛ばして解釈してしまいがちです。 天体、サイン、ハウスの意味に忠実にシンプルに読むことを心掛けていく方が、当たっていくと思います。 何故なら、何千年も形を変えながらも占星術が続いているその事実が、信頼性を担保しているからです。 だから、自分の印象とチャートが違っていても、チャートを信頼できるかどうか、が大切になってきます。 そこでひよって不安になり、占う側の主観に寄せるために別のツールを引っ張りだしたりしたら(チャートを読んだうえで補完するのはありですが)、とてももったいない事になってしまうと思います。 なので、チャートを読む時には「主観を排する」ことを意識しておくのが良いと思います。 そして、参考に出来るのは「起きた出来事」や「事実」「その本人が感じていること」です。 起きた出来事や事実、その人が感じている思いは、確実にチャートに反映されています。 そしてそれは占う側の主観ではありません。 星は常に私達を俯瞰しています。 それを読む側も、どうしても個人の癖は出てしまうにしても「常にフラットな状態で読むのを心掛けること」が、上達の近道なのだろうと思います。

<浅田真央さんの電撃引退> 2017.4.11. 天秤座の満月前日に、浅田真央さんがフィギュアスケートを引退すると表明しましたね。 天秤座の真央さんが、天秤座の満月、それも変化のTスクエアで起きる満月で引退を表明した、という事は非常に星の意図に沿っているように思います。 今までの事に、自分が成したことにもうしがみつかない。 満月の象意を体現して、彼女は前に進んで行きます。 Twitterでも呟きましたが、チャートを見ると、冷静に引退を決めています。 体力的な事も含め、モチベーションのありようなども確認して、今になったのだと思います。 昨年はおそらく土星が彼女の月を通っていった時期なので、とても気持ち的に辛い時期でもあっただろうし、20代半ばにさしかかり、ほんの少しずつ回復の遅くなっていく身体を意識していたとも考えられます。 そして、彼女は今26歳。昨年からちょうど太陽の年齢域へ入っています。 3歳からスケートを始めたということは、月、水星、金星の年齢域をそれと共に過ごしてきた。 親から与えられたものに従い、水星・金星にアスペクトしている土星を十分に使い、努力し、大きく花開かせました。 ですが、太陽には天王星とのアスペクトがあります。 「自分の自由にやりたい」「人のいう事なんて聞きたくない」 与えられたものを期間一杯やり遂げて、彼女はやっと、自分で作る自分の人生に着手した、とも読めます。 今回初めてチャートを見て、大きな事を成し遂げている人は、自分の星の象意を目いっぱい使っているな、と改めて思わされました。 身体の伸びやかさは射手座の月、清楚で今時古風にも見える印象は乙女座の水星・金星、全体的な美しさとフィギュアスケートには欠かせないバランス感覚は天秤座。軽やかな動きは双子座の火星。 みんなのために頑張ってきた真央さん。どうぞこれからは、自分のために時間を使っていってくださいね。 たくさんの人々があなたの姿に感動し、心揺さぶられました。 本当にありがとう。お疲れ様でした。

<今回の天秤座満月についての雑感> 2017.4.10. 今回の満月は、世情の不安定さ、変化の鍵を握っている木星ー天王星ー冥王星のTスクエアに重なっている。 満月は「満ちて完成する」月齢。 それに火星-冥王星のバイオレンスな組み合わせがトラインなので、正直なところあまり気持ちが良くない。 Tスクエアに火星が動かす力を注ぎこんでいるから。 あちこちで地震やテロが起きていて、北朝鮮はミサイルを普通に飛ばしてくるし、こないだはアメリカがシリアに空爆をした。 世の中への閉塞感があるのは間違いが無くて、もう根本的なところから変えないといけないということは誰もの心の奥底にあるけれど、それを「どうにでもなれ!壊してでも変えてやる!」という風に吐き出してしまうのはとても悲しい。 その悲しさ、人間のどうしようもなさ、みたいな感触が金星-キロン合に土星がスクエアで浮き出ているのかとも思う。 どうして人は何千年も生きているのに、戦い殺して、傷つけないと生きていけないのだろう。 それに対しての悲しさというのは、ちょうど自我の芽生える金星の年齢域にあたる思春期頃から出てくるはずで、誰もが濃淡はあるにせよ青春時代に感じた、「大人なんて汚い、人間なんて!」という悲しみや憤りというのは、通過儀礼といえども、心の傷となって誰もの心の中に横たわっているのではないかと思う。 他の生き物と違う人間ができる人間らしい事は「考えること」だ。 今までの経験を踏まえつつ、だからこそ同じ事の繰り返しに陥らずに描きたい未来。 水星-天王星合と土星のトラインが、「徹底的に過去を振り返り、未来を描け」と言っている気がする。 大人になって、あの頃の自分は今の自分を見てなんて言うだろうか。 今の大人の自分は若者の自分に向かって何というだろう? ちょうど水星と土星が逆行している。 人間は何をしてきたのか。残していい事と変えていかないと立ち行かないこと。 苦しいしきついけれど、しっかりと歯を食いしばって考えるからこそ、天秤座木星-月合の「あなたと私でやっていこうよ!きっとやっていける!」という希望を糧に歩んで行けるような気がする。

<足に蔦が絡まる時は> 2017.4.3. ものの例えだけれど、蔦が足に絡まってるなあ、と思う時がたまにある。そんな時は、何か変化が始まっているのだなと感じる。 その蔦は、自分が大切だと思っていたけれど、自分が変化したことでもう不要になったり、牙を向いてきたり、嫌になったり苦手になったりするもので、棘があって刺さって来る。 嫌だなと思うけれど、それは自分が変わっていっているからであって、どうしようもないことだ。もしかしてその時に人間関係の中で何かあるとすれば相手もそれに驚いたり戸惑ったり、あるいは私が相手の変化についていけなかったりしていることもあるわけで、仕方ないというか、そういうものなのだと思う。 蔦に足を取られてその場で足踏みをしていても前には進めない。 絡まった蔦を取るなり、切るなりしなければ。 そしてどこに行くかはそれぞれ。自分が好きな、あるいは適切だと思っている場所に進んでいる。 私が蔦を足に絡ませている時は、一旦荷物を拡げて、要るものを確認し、また詰め直さないといけない時。 地図を見て、再度ルートを取ろう。

<最近の子どもの事件> 2017.3.28. 今年の春分図を見ていて、3室に月-土星のタイトな合に、5室は海王星で何だか子どもについて嫌な事がありそうだなあと感じていたけれど、トランジット火星-冥王星のトラインができたかと思ったら立て続けだ。 暴力的な何かに巻き込まれてしまう象意がそのまま出た。 9歳の女の子の殺害事件に、高校生が雪崩で巻き込まれて、先生も含め8人も亡くなった。 行方不明はもろ海王星だし、雪崩だって、雪が形を成さなくなる事象で海王星だ。 春分図は6室の太陽が、3室の月-土星とスクエア。太陽の側には金星がいて、義務的にやらなきゃいけないからとか、外面で良い顔をしていた大人が「判断を誤って」子どもを傷つけてしまった様な気がする。 じゃあ子ども達がどうやってそういう危機から身を守ればいいかといえば、7室天王星が3室月-土星とトラインになっているから、「大人だから大丈夫、ちゃんとしてくれるという前提を持たない」…ありていに言ってしまうと「子どもであっても、自分の身は自分で守る」という事になるのではないかと思う。 判断が出来ない大人、自分で考える事が出来ない大人が増えた。 残念だけれど、多分私もその中の一人だと思う。 その大人たちの中で生き抜く子供達に未来が無いのかというとまたそれも違う気がする。 春分図では幸運の星木星が上昇している。そしてそれは3室月-土星の支配星だ。5室海王星のある魚座の伝統的な支配星も木星。 今小学生から高校生の生きている彼らが、次の時代を作っていく。 自我が目覚めている年齢であれば、今の大人や世の中を見て考えていることがたくさんあるはず。 古いルールや慣習やその他諸々の従来のやり方を踏襲し続けて、犠牲になっているのは誰だ、と思えば自ずと答えが出てくる。 きっと彼らが大人になって世の中を動かす時は、今とは全く違うルールで社会が成り立っていく気がする。 その時代の始まりが今年なのかもしれないなと思うし、そうであってほしいと願う。

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